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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2693号 判決 1989年5月30日

控訴人 今井茂子

右訴訟代理人弁護士 牧瀬義博

被控訴人 全東栄信用組合

右代表者代表理事 宮下武雄

右訴訟代理人弁護士 松田孝

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審において拡張された控訴人の請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実(本件建物に抵当権が設定され、その実行により幸澄が所有権を喪失したこと及び控訴人の相続等)は、当事者間に争いがない。

二  そこで請求原因2、3(吉井の不法行為)について判断する。

1  請求原因2の事実のうち、吉井が被控訴人の東長崎支店長であつたこと、同3の事実のうち、被控訴人が一雄に対し、本件手形を担保に証書貸付の形で、昭和五四年九月三日、三〇〇〇万円を融資(以下「本件融資」という。)したこと、本件手形のうち、昭和五四年一二月一〇日を支払期日とする手形(本件手形のうち三番目の期日のもの)が不渡りとなつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  ≪証拠≫、前記争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件融資は、昭和五四年八月二〇日過ぎころ、一雄から、訴外「松沢アイロン」という会社に融資した二五〇〇万円をできるだけ回収したいが、そのために第三者が肩代わりするとのことで振り出された本件手形、すなわち額面総額三〇〇〇万円分の手形を担保として差し入れるから、として申し込まれ、被控訴人がこれに応じたものであつた。

(二)  ところで、幸澄は、本件建物で有限会社今井クリーニングを経営し、昭和四七年ころから、被控訴人の東長崎支店と取引をしていたが、昭和五〇年ころ脳出血の三度目の発作で倒れてからは、長男の一雄が同店を実質上経営してきた。被控訴人も、一雄を相手として、営業資金等を融資してきたが、右一雄の債務は幸澄が包括的に保証し、右保証に当たつては昭和五一年、同五四年と幸澄がみずから署名した保証確認書(乙第九号証、第一二号証)、信用取引約定書(乙第一号証)が差し入れられている。

(三)  本件融資に当たり、被控訴人側では、まず本件手形振出人の取引金融機関に、その信用状態を問い合わせ、問題がないとの回答を受けたあと、さらに本件建物の担保価値を調査したが、その余剰担保価値は一七〇〇万円弱であり、また一雄自身の当面の必要資金も一五〇〇万円ということであつたから、吉井としては一五〇〇万円の限度での融資を勧めたが、一雄としては、このさい本件手形全部を受領して貸金をできるだけ回収したいと三〇〇〇万円の融資を望み、差し当たり必要のない一五〇〇万円については拘束預金とし質権を設定されても良いということであり、これまでの取引でも問題がなかつたので、被控訴人は、同年九月一日付で本部決済を受け、一雄に対し三〇〇〇万円の本件融資をすることになつた。

(四)  そして、被控訴人は、一雄を介して本件建物の敷地の貸主の承諾を得たうえで、本件建物の登記済権利証等を徴求し、右建物に根抵当権を、一五〇〇万円の定期預金に質権をそれぞれ設定し、昭和五四年九月三日、本件融資を実行した。

3  ところで、控訴人は、幸澄は本件建物に抵当権を設定することを承諾しておらず、吉井もそれを承知のうえで、前記根抵当権を設定し、本件融資を実行し、結局は幸澄の本件建物の所有権、その敷地の賃借権を、競売による売却により失わせたものであるなどと主張する。そして、原審及び当審における証人今井一雄の証言中には、右主張に副い、幸澄は、昭和五〇年に脳出血で倒れて以来床につき、他人の話も聞き取れず、動作も首や手を動かせる程度であつた、まして担保提供の意味など理解できなかつた、乙第四号証は、融資の済んだあと吉井から作成を求められたが、幸澄は病気で署名できないと断ると、形式的なものだからだれのサインでもよいと言われ、一雄の妻が幸澄欄の署名をしたなどと述べる部分がある。

なるほど乙第四号証の幸澄の署名は、前掲乙第一号証、第九号証、第一二号証のそれと対照し、幸澄自身によるものか疑問であるが、しかし、前記認定、≪証拠≫によると、幸澄は、昭和五四年五月一二日付けの自ら署名した契約書(乙第一号証)によつて、被控訴人に対し、一雄の債務について包括的に連帯保証し、必要により担保物件を提供することを承諾していること、被控訴人の職員であつた亀岡清は、幸澄を自宅に訪ね、事前に担保物件である本件建物を調査し、同人に対し担保提供の話をしていること、そして、一雄を介して本件建物の敷地の貸主の承諾書の交付を受けたうえで、被控訴人は、根抵当権設定契約証書(乙第四号証)を使用して、昭和五四年九月三日に、本件建物について根抵当権の設定登記を経由したものであること、以上の事実をそれぞれ認めることができる。右事実に照らすと、幸澄に担保提供の是非の判断能力がなく、前記署名が幸澄の意思に基づかないものと認めることはできず、また、吉井が、右担保提供について幸澄の承諾がないことを知りながら、融資の金員を交付したあと、事後的に抵当権設定契約書に形式だけ幸澄名義の署名を求めてさせたなどの事実も認めがたいというほかなく、原審及び当審における証人今雄一雄の前記各供述部分は措信できず、他に控訴人の主張を認めるだけの証拠はない。

4  さらに、控訴人は、一雄に三〇〇〇万円の返済能力がないことを知りながら、被控訴人は本件融資をしたなどと主張し、原審及び当審における証人今井一雄の証言中には、三〇〇〇万円の金額や拘束預金は吉井の勧めによるものである、そもそも一雄は融資を求めておらず、本件手形を被控訴人東長崎支店に持込み、吉井に対し、本件手形の振出人が本件手形を決済する形で代わつて一雄の前記松沢アイロンへの貸金を返済する、そのうち一〇〇〇万円は広田が貸してほしいと言つているなどと話したところ、被控訴人側で本件手形の振出人等の信用状況を調査した結果、手形決済の能力はあると判断し、これを一雄も信用したから、本件融資が実現したものであり、本件手形が不渡となつた場合、右三〇〇〇万円を一雄自身が返済する等の話しはしていないなどと供述し、右主張に副うか、副うかのような部分がある。そして、≪証拠≫によると、一五〇〇万円の定期預金は、歩積両建預金であることが認められる。

しかし、前記1、2の事実によると、一雄自身が担保として持ち込んだ本件手形の不渡りによつて生じた事態を、振出人等についての信用調査が不十分であつたためであるとして、被控訴人の責めに帰することはとうていできないし、まして、被控訴人側において、本件手形が不渡となつた場合、一雄の収入からだけでは右預金分を除いた一五〇〇万円の約定どおりの返済は困難であると認識していたとしても、本件手形で貸金は回収可能であり、万一の場合にも本件建物の根抵当権で充分に回収できると判断して、本件融資をしたことについて、被控訴人側に不法行為が成立するということはできない。さらに、前記歩積両建預金が違法であるとしても、右預金をしたことと本件建物の所有権喪失との間に因果関係を認めることはできないし、他に控訴人の主張する吉井の不法行為を認めるに足りる証拠はない。

5  してみると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がなく、当審において拡張した部分も含めて失当として棄却を免れない。

三  よつて、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は理由がなくこれを棄却し、また、当審において拡張された請求も理由がないので、これを棄却する

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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